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ぶらり一人旅 [旅行]

今日は鹿児島まで一人長距離ドライブです。相棒のボルボS80も相変わらず絶好調で快適なドライブを楽しんでいます。

早朝近所で散髪をしてから午前10時過ぎに大阪を出発したのですが、中国道が宝塚あたりまで大渋滞していたため1時間以上のロスタイムです。現在は宮島SAに立ち寄って小休止をとっています。ノンストップでここまで走って来ましたが、まだまだ旅程の半分にも達していません。しかし、根っからのくるま好き、運転大好きな私ですので、この後も日本の豊かな自然の風景を楽しみながらまったりとドライブを楽しみたいと思ってます。

ぶらり一人旅2 [旅行]

給油のため山口県の王子PAに立ち寄りました。相棒のボルボS80のコンディションも上々です。最近タイヤを純正のピレリーP6からブリジストンのGR‐9000に交換したのでめっきりハンドリングが良くなりました。おまけに安定感がありとても静かです。これから関門海峡を渡ればいよいよ九州上陸です。

ぶらり一人旅3 [旅行]

宮崎県のえびのPAに立ち寄っています。売店で東国原知事のはちみつマンゴージュースを購入して飲みました。結構おいしかったです。最近よく携帯電話のIC機能を利用するのですが、全国的にEdyカードの普及率は著しいですね。高速道路のSA、PAではほぼ利用できます。非常に便利です。

ぶらり一人旅4 [旅行]

昨夜は天文館のリッチモンドホテルに宿泊しました。一泊5400円でした。

先ほどチェックアウトを済ませ天文館の商店街を散歩しています。

私は大のコーヒー好きなのでモーニングを食べに俗にいう純喫茶へ入りました。

何となくスターバックスとかタリーズは性に合わないんですよね。

店内にジャズが流れるチンチラ張りソファーのコテコテ喫茶店みたいなのが好みです。

そういう空間で一人静かにアダルトな情報誌(週間何たら~というコンビニで売ってるやつですがね…)を読んでいると心がとても落ち着きます。

私にとっては至福のひとときです。

ぶらり一人旅5 [旅行]

予告もせず城山にある親戚の家を電撃訪問しました。おばさんといとこが在宅だったのですが、ビックリしていました。そらビックリしますよね。最後に会ったのは確かまだ私が高校生の頃で、20年以上も会ってないんですから。突然の訪問にもかかわらずお寿司まで注文してくれて大歓迎してくれました。親戚というのは本当にありがたいですね。感謝

ぶらり一人旅6 [旅行]

NEC_0044.jpgせっかく城山へ来たので、薩摩藩の城下士だったご先祖さまが眠る南洲墓地へお参りに行きました。

その後、薩摩の豪傑西郷隆盛が西南戦争の最後に籠ったといわれる洞窟に立ち寄りました。

子供の頃からそうなんですが、鹿児島に来るたび何か懐かしい気持ちになるのは、やはり私の身体に流れる薩摩の血のせいなのでしょうか。

ぶらり一人旅7 [旅行]

我が家の長男は大阪生まれの大阪育ちなのですが、なぜか鹿児島のカネヨ醤油が大好きです。

小さい頃からおばあちゃんの家で食べているうちにハマってしまったようです。

だから我が家の食卓からカネヨ醤油が途切れることはほとんどありません。(しかし、私は家で食べたことがないんです…とにかくめちゃくちゃ甘い醤油なんで苦手です。)

今回ももちろん買って帰るように嫁から頼まれたのですが、鹿児島のおばさんから母方の実家近くの永山商店にそこでしか買えない特別なカネヨ醤油があることを教えてもらいました。

永山商店も親戚なので、さっそくおばさんは電話で在庫確認をしてくれ、結果6本あることがわかりました。

という訳で母方の実家のある湧水町へ一路向かいました。もともと墓参りをしに行くつもりだったので、ちょうどよかったです。

ぶらり一人旅8 [旅行]

NEC_0050.jpg湧水町へ到着しました。昔は栗野町という名称でしたが、平成の大合併により現在の湧水町に名称が変更されました。私にとれば昔から馴染んだ栗野という名称が消滅したことが、ちょっと寂しいです。

先祖のお墓参りをした後、母方の生家に立ち寄りました。またしても予告無き電撃訪問だったのですが、稲刈りで忙しい中にもかかわらず、おじさん夫婦といとこ夫婦が快く迎えてくれました。おまけにお茶やら、梅干しやら、ちくわやら、沢山のお土産を持たせてくれました。感謝

ぶらり一人旅9 [旅行]

最後は本吉家のご先祖参りです。年老いたおじさん夫婦といとこ夫婦に別れを告げ、高速道路で宮崎県の田野町に進路をとりました。

結局、田野へ到着したのは18時過ぎになってしまいました。先祖が眠る西導寺の納骨堂は既に閉まっていましたが、電話をかけたらおばさんが中から出てきて開けてくれました。「大阪から来た本吉です。」と私が挨拶すると、顔を見るなり「あ~」と少し笑いながら、うなずいていました。おばさんは30年以上も前に亡くなった私の祖父も祖母も知ってるそうです。やっぱり似ているのかな?

その後、父の生家を訪ねました。末っ子の七男が跡を継いでいます。末っ子と言っても64歳になるいい歳のおじさんで小柄なところが父とよく似ています。現在の父の状態を説明しましたが、田舎のひとは案外おおらかです。「長男と四男が死んでもうて、長女と三男(うちの父)がボケてもうたか~。次男の靴屋もさっき会ったけど弱ってる。もうあかん」と笑いながら話をしていました。都会ではあまり聞けない無責任な言葉に聞こえるかも知れません。しかし、血のつながる兄弟だからこそ言える話です。都会に生きる現代人は何事も大げさに考え過ぎなんじゃないかと思いました。そして、こんな人生観もあるんだなと考えさせられました。

おじさんは「ジョイフルにご飯を食べに行こう」と近くのファミレスへ連れて行ってくれました。そして食事をしながら昔の話しを少し聞かせてくれました。

理由ははっきりわかりませんが、薩摩士族だった先祖は鹿児島県の嘉例川から宮崎県の田野に移り住んで来たらしいです。元々所有していたのか購入したのかわかりませんが、付近に広大な土地、田畑を所有していたそうです。家には蓄音機など当時としては珍しいものも沢山あり、結構な家だったようです。しかし、昨年亡くなった長男がひどい遊び人で一気に本吉家は衰退してしまったとおじさんは笑いながら教えてくれました。昔からそれとなしに聞いていましたが、三男の父が長男と犬猿の仲だった理由が改めて分かりました。いい話しを聞くことが出来て本当に良かったです。

帰り際、またまたお土産に沢山の柿をいただきました。感謝

ひめゆりの塔 [旅行]

NEC_0051.jpgひめゆりの塔に参拝しました。昔から行きたいと思っていたのですが、中々行く機会が無く、昨日ようやく念願叶い訪れることが出来ました。

沖縄は日本で唯一地上戦が行われた地です。当時の古いフィルムを見れば、今こうして私が立っているこの場所へ艦砲射撃、上空からの爆撃、機銃攻撃が行われていた事を容易に確認することが出来ます。地上でも火炎放射による残忍な殺戮行為がおこなわれていました。そう考えると60年以上も前の壮絶な惨劇がリアルに感じられ、息が詰まりそうになります。

わずか90日あまりで20万人もの尊い命を奪い去った戦争の事を現代に生きる私たちは決して忘れてはなりません。