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ヘッドクォーター [仲間・友人・JC]

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 6月5日(金)JCI-ASPAC長野大会でヘッドクォーターを訪れました。

 ヘッドクォーターと言っても大会のヘッドクォーターではなく、かつての大東亜戦争当時に設置された「松代大本営跡」です。

 戦争当時、本土決戦を想定していた日本軍は、海岸から近い関東平野では防衛機能が低いと判断し、国家中枢機能の移転計画を進めていました。そこで、当時の日本軍が中心となり、建設設置したのが長野県松代の「松代大本営」だそうです。

 当然ながらこの地には皇居のほか、政府機関をはじめとする国家の中枢機関が移転する計画となっていたのですが、恥ずかしながら、私はこの「松代大本営」の存在を今まで知りませんでした。しかし、遺跡を見学したことで、日本民族の存亡をかけた先人たちの決死の覚悟を改めて伺い知ることが出来ました。

かつての日本には常に正義と名分がありました。
私は歴史をたどる度に、先人たちの勇気と行動、そして国家日本を誇りに思います。



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日曜参観と親睦球技大会 [子供・地域・PTA]

6月7日(日)日曜参観と親睦球技大会がありました。

私は二人の息子の授業を3時間目から参観しました。

 4年生の次男は図工の授業でした。陽気で活発な性格の次男は、先生や友達にあれこれ聞きながら何とか工作のCDを使ったブンブンゴマを完成させていました。

 6年生の長男は社会?の授業でした。奈良の東大寺で外国人を対象に英語でリポートをおこなったそうです。授業では班ごとにそのリポート発表をしていました。コミュニケーションスキルの学習は体験と経験でしかできません。子どもたちに、このような機会をつくってくれた学校へは心より感謝します。

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 参観の後は南小PTA親睦球技大会でした。種目はアジャタという競技です。(簡単に言えば玉入れ)学年ごとのチームで順位を争ったのですが、6年生チームの私は4位に終わりました。

 大人も子どもも競争心こそがすべてのパワーの源となります。

 最近の日本社会は教育をはじめ、自由と平等の意味をとり違えていることが多いですね。

 競争は悪でも不正義でもありません。ルールに乗っ取った公正な競争精神を推奨することこそが正義です。

また、その公正な競争環境を整備することが親の役目であり、国家の役目であると思います。

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正義と友愛のひと!? 鳩山邦夫 [そこに正義はあるか]

鳩山邦夫さんへ
「政府に尋問の筋これあり」私が最も尊敬する西郷隆盛の言葉をあなたには使って欲しくはない。西南戦争に対する歴史認識も大きく間違っている。西南戦争は西郷にとって唯一名分のない戦争であり、西郷の人生で最も人間臭い失敗だ。人間誰にでも失敗はあるもの。それは西郷とて同じこと。いつの時代も担がれ利用される人間は奇特で心優しく、正義感の強い男だ。時に優しさと正義が仇になることがある。城山で自害した西郷の気持ちはあなたには分からないだろう。大東亜戦争の天皇も、西南戦争の西郷もあなたみたいに心の小さな人間ではない。彼らは決して人のせいにはしないし、言い訳もしない。男なら潔くバッジを外し出直しなさい。
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プロレスリング・ノア 三沢光晴選手死去 [そこに正義はあるか]

私は自称プロレスファンです。
20代の頃の愛読誌は東京(大阪)スポーツ、ベストカーそして週刊プロレス。
特に東京で一人暮らしをしていた2年間はこれらの新聞、雑誌が心の友でした。
寂しさを紛らしてくれました。夢と希望を与えてくれました。

私がプロレスファンになったのは親父の影響です。
親父は大のプロレスファンでした。
毎週金曜のワールドプロレス、土曜の全日本プロレス、
Uチャンネルの国際プロレスまで楽しみに見ていました。
物心ついた頃からプロレスを見ていたので自然とプロレスが好きになりました。

小学生の頃は初代タイガーマスクが登場し、一大プロレスブームが起こりました。
土曜日のクラスは「昨日タイガー見たか。」みたいな話題であふれていました。
あの頃が懐かしく思い出されます。

プロレス界は私たちが小学生だった80年代頃から急激な発展を遂げ、前田日明率いる第一次UWFや長州力率いるジャパンプロレスなど、新団体の設立や分裂を繰り広げながら、90年代まで隆盛を極めていました。

その後はスポンサー企業の撤退や経営悪化問題などが次々と露呈しだし、経営上の問題での団体間対立や、金銭による引き抜きなども明るみになりました。興行界の裏側や胡散臭さがファンに伝わりだすとファンは正に興ざめです。商品としてのプロレスラーに魅力を感じることは出来ません。その頃から夢を与えるはずのプロレスラーたちの権威、風格は一気に凋落していったように思います。

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そんな中、私が今でも尊敬している故ジャイアント馬場選手から後継指名を受け、王道プロレスを継承してきたのが三沢選手でした。三沢選手は初代佐山タイガーに比べ、華が無く地味な印象の2代目タイガーでしたが、虎のマスクを取り、本格的にヘビー級戦線に参入してからは、メキメキと頭角を現してきました。私自身三沢選手の強さに気づいたのは大分遅かったですが、その強さは半端じゃなかったです。あの鍛えられたとてつもなく分厚い胸板が強さのすべてを現していました。

社長兼レスラーという2足のわらじを履きながらの選手生活は相当な厳しさだったでしょう。経営者としての悩みも尽きなかったことだろうと思います。私は涙が出るほど辛く悲しい思いで一杯です。本当に立派な人だったので残念です。

ご冥福をお祈りします。

私が三沢選手の強さを実感した試合です。

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