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大変な時代やな! [社会・政治・経済・歴史]

リーマン、破産法の適用申請…バンカメはメリル合併発表

http://www.so-net.ne.jp/news/cgi-bin/article.cgi?gid=mai&aid=20080915-570-OYT1T00336

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 久しぶりのブログ更新です。私自身もブログの更新さえおろそかになるほど公私ともに大変なんですが、世界も大変ですね。現在の世界経済は100年~200年に一度あるかないかと言うほどの危機的状況なんだそうです。

 我が日本では江戸時代まで士農工商と言う身分制度の下、何より一番身分の低かった両替商や金貸しが世界経済の主流となっているんですから不思議なものです。破綻するのは当然のことでしょう。元々金儲けのために金で金を稼ぐという何の生産性も無い産業なのですから・・分相応と言う言葉がありますが、まさにその言葉にあてはまらない勘違い産業だったんですね。我々パチンコ産業も・・ですが。このまま世界恐慌や第3次世界大戦みたいなことにならなければ良いのですが・・ やはりちょっと心配ですね。


大阪府アドプトフォレスト制度 現地調査 [仕事・会社・組合]

P1010023.JPG 本年度、私の会社が所属する組合である回胴遊商が社会貢献活動として実施する環境保全事業(大阪府アドプトフォレスト制度)の日程及び対象地域が決定され、現地調査に行ってきました。ときは11月8日(土)ところは大阪府豊能町切畑です。   
                           
  
                                                                                                                                                                                             

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 戦後日本の森林事業は根の浅い杉などの針葉樹の植林に偏っていたため、山崩れや保水能力の低下など多くの問題を現在に残しています。最近ではスギ花粉などによる二次的な健康被害も一般的に知られています。(大阪府森林課からの説明を聞くリサイクル環境委員の面々) 
     

 箕面トンネルを抜けるとそこには大阪とは思えぬほどの田園風景が広がります。対象地域の豊能町切畑は自然が多く残る長閑な地域です。
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 今回私たちの事業目的は、放置された人工林や竹林による荒廃林を広葉樹化し自然林を復活させることです。当日は多くの組合員とその社員や家族が植樹に来てくれることでしょう。
 
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(正面に見えるのが対象地域となる山です。) 
    
     

P1010011.JPG 成長の早い竹は日光を遮りまわりの木々を枯れさせてしまいます。

 

 

 

 


P1010016.JPG黄色く変色した竹

竹自体もテングス病という病気にかかっています。


今日は運動会 [子供・地域・PTA]

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 今日は母校守口市立南小学校の運動会でした。本日は少し日差しが弱く肌寒いくらいでしたが、競技するほうにとっても観覧するほうにとってもちょうど良い陽気でよかったです。昨年、一昨年と2年連続で雨だったので・・

 開会式では私が通っていたころと同じ「運動会の歌」を生徒全員で合唱。私も数年前に知ったのですが、実はこの歌、第1期生の太平サブローさん作詞なんですよね。約40年にわたり歌い続けられてるのですからすごいことです。もちろん私も歌えます。

 来年40歳を迎える私ですが、同じ南小学校に通う小5と小3の二人の息子達と歴史と伝統を共有出来るとはなんとも不思議なことであるとともに、非常に喜ばしく嬉しいことです。これからも伝統と歴史を末永く受け継いで行ってほしいものです。

 毎年、運動場には懐かしい顔がいっぱいです。私たちの両親の多くが終戦後の高度経済成長期に九州や中国、四国から就職のためこの地(守口市)にやってきました。その子供である私たち世代にとってはここが故郷です。一旦、就職や進学で守口を離れた同級生も守口に戻り所帯を構えています。そしてその子供たちがまたこの地で生まれ育っています。私は生まれ育ったこの街のために、そして子供たちのために良い生活環境を築いてやりたいと思っています。おそらく同級生達をはじめとする同世代の親達は皆同じ気持ちだろうと思います。

 最終種目の5,6年生による感動的な組み立て体操では多くのひとが涙していました。そして最後は校歌斉唱。あの時と同じです。自分の子供が歌う姿にかつて小学生だった僕の姿がだぶります。

あ~やっぱり、この国(日本)は平和です。

この平和をなくさぬよう私たちの世代が立ち上がり、そして戦わなくてはなりません。

 


麻生総理頑張れ!! [社会・政治・経済・歴史]

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中山国交相が辞任、就任5日目…後任に金子・元行革相

http://www.so-net.ne.jp/news/cgi-bin/article.cgi?gid=pol&aid=20080928-570-OYT1T00290


本当にこれでいいのか? 日本にとって今一番必要な人なのでは? 

こういう話には必ず売国野党、左翼の連中がいきり立つ、彼らはいつも言葉尻だけをつまみ、問題の本質については完全無視。国民に謝罪しろというが国民とは誰をさしているのか?

少なくとも私は中山国交相に共感している。

良くぞ言ったとエールを送りたい。

国民に謝罪すべきは日教組だ!


頑張れ麻生総理!! ナチス・ドイツと大日本帝国 [社会・政治・経済・歴史]

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 民主党など売国野党の連中はどうも麻生太郎首相や中山成彬(前)国交相を支持する層とナチスや日本帝国主義とを結び付けたいらしいようだ。彼らは野党=正義、自民党=悪、といったようなイメージを国民にうえつけようとしたいのだろうか。しかし日本国民はそんなに馬鹿じゃない。とくにネット世代の若者は日教組による日本の自虐的歴史教育の嘘と矛盾に気付き、日本民族の誇りを取り戻そうとしている。

 数日前「日本は単一民族」という中山(前)国交相のことばにアイヌの人たちが抗議していたが、正直おどろいた。私の意識の中ではアイヌや琉球の人たちは疑う余地も無く同じ日本人である。単一という言葉の受け止めようなのだろうが、寂しくさえ思う。

 とにもかくにも、今日本国民が気付かなくてはならないのは、社民、民主、共産などの売国野党、そして公明党は日本の国益よりも他国や在日外国人の利益を優先しようとしていることである。戦後GHQによる日本の国力低下を目的とする愚民化政策を受け継ぐ日教組やそれに加担してきたこれらの党が日本のガンであることはまぎれもない事実だ。


日新公 いろは歌 [こだわり・哲学・主張・宗教]

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いにしえの道を聞きても唱えても 我が行いに せずばかひなし

 昔の賢者の立派な教えや学問も口に唱えるだけで、実行しなければ役に立たない。実践実行こそもっとも大事である。この歌は薩摩藩教学の金科玉条となったもので、47の代表名歌である。

楼(ろう)の上もはにふの小屋も住む人の 心にこそは たかきいやし

 大きなお城に住む身分の高い人、金持ちでも心が卑しかったら尊敬できない。貧しく小屋に住む人でも、心が清く正しく高尚であれば真に仰ぐべき人である。結局、その人の心のあり方によって人としての価値が決まるのである。

はかなくもあすの命を頼むかな 今日も今日もと 学びをばせで

 今日は用事があるといって明日にのばし、明日はまた明日があるからと次に延ばし、一向に勉強せずに日々を送るのは心得違いである。毎日たゆまず勉強せよ。

似たるこそ友としよければ交らば われにます人 おとなしき人

 友を選ぶ時は、自分と似ている者を選びがちであるが、自分をより向上させるためには、自分より優秀な見識を持つ人を友とせよ。

ほとけ神他にましまざず人よりも 心に恥じよ 天地よく知る

 神仏はほかならぬ自分自身の心に住むものである。他人のことを気にするよりも自分の良心に恥じよ。天地神仏は全てのことを見通しているのだ。



下手ぞとて我とゆるすな稽古だに つもらばちりも 山とことのは

 自分がいろんなことに下手だと卑下して努力を怠ってはいけない。稽古さえ積めば少しづつ進歩して、遂には上手になれる。ちりも積もれば山となるとのたとえもあるではないか。


科(とが)ありて人をきるとも軽くすな 活かす刀も ただ一つなり

 科(罪)のないものをもちろん切ってはならないが、たとえ罪があってその人を死刑を行うにあたっても、軽々しくこれを行ってはならない。活かすも殺すもただ主君の心一つで決まるものであるから。

知恵能は身につきぬれど荷にならず 人は重んじ はずるものなり

知恵や芸能は身につけても荷にも、邪魔になるようなものでもない。多くのものをならって上手になるべきである。世の中の人はその人を見て尊敬し、かつ己の及ばないことを恥じるであろう。

理も法もたたぬ世ぞとてひやすき 心の駒の 行くにまかすな

道理が通らず法も行われない乱世であっても、自分ひとりは正道をふんで克己心を奮い起こして正義と人道を守り通せ。自分の心の向くままに自暴自棄にならないように注意しなければならない。

ぬすっとはよそより入ると思うかや 耳目の門に 戸ざしよくせよ

盗人は他所から入ってくると思っているかもしれないが、本当の意味での盗人は耳や目から入ってくるものだ。目や耳によく戸締りをせよ。ここから色々な悪いものが忍びこんできて、心を奪い身を滅ぼすのだ。

流(る)通すと貴人や君が物語り はじめて聞ける顔もちぞよき

 たとえ自分がよく知っていることでも目上の人の話は、初めて聞くという顔で聞くのがいい。決してその話は知っていることを言葉に出したり、顔に出したりするな。


小車(をぐるま)のわが悪業にひかれてや つとむる道を 憂しと見るらむ

 人はおのおのその職分を守って人は人たる道を尽くして行くのであるから忠実にまじめにその業に務めるべきである。にもかかわらず、これをつらいことと考えるのは、わがままの情欲にひかれている証拠である。

私を捨てて君にしむかわねば うらみも起こり 述懐もあり

 主君に仕えるには全く一身をささげて我を捨てなければ、恨みも起こり不平不満もでる。自分の一身をささげて主君に仕えよ。昔の武士が馬前に命を落とし殉死したのはこの考え方に従ったものである。

学問はあしたの潮のひるまにも なみのよるこそ なお静かなれ

 学問をするには朝も昼も間断なく修めなければならないが、静かな夜が一番いい。

善きあしき人の上にて身を磨け 友はかがみと なるものぞかし

 人は自分の行いの良し悪しを知ることは難しいが、他人の行いの善悪はすぐに目に付く。日ごろ交わる友人を見て良いことはこれを見習い、悪いことは反省せよ。

種となる心の水にまかせずば 道より外に 名も流れまじ

 私利私欲にかられて世の中の事を行えば、道に外れて悪い評判もたつ。この悪の種を刈り取って、仏の教えに従って正道を行え。

礼するは人にするかは人をまた さぐるは人を 下ぐるものかは

 礼を人に尽くすことは人に尽くすことの他に、自分を正しくして己を敬うことである。どんな人に対しても謙遜な態度で接せよ。

そしるにも二つあるべし大方は 主人のために なるものと知れ

 臣下が主人の悪口を言うのには二通りある。主人を思うあまり言う悪口と自分の利害から来る悪口である。主人たるものは寛大な心で受け入れ、自分の反省の資とすべきである。

つらしとて恨みかえすな我れ人に 報い報いて はてしなき世ぞ

 相手から仕掛けられたことがどんなにつらくても相手を恨みを返してはならない。次から次へと恨みが続いて行きよくないことである。恨みには徳を持って対処すべきである。

ねがわずば隔てもあらじいつわりの 世にまことある 伊勢の神垣 

 偽りの多い世の中、伊勢の皇太神宮は偽りのない神である。正しいものは正しく、曲がったものは曲がったようになさる。願う側が心の内に無理な願いを思い起こさねば分け隔てなく願いを適えてくださるのだ。

名を今に残し置きける人も人 心も心 何かおとらん

 後の世に名をのこした名誉ある人も、人であって我々となんら違いはない。心も同じであるから我々とて及ばないということはない。勇気を出して奮起して頑張ることが必要である。

楽も苦も時すぎぬれば跡もなし 世に残る名を ただおもうべし

 楽しいことも苦しいことも永久的なことではなく、そのときが過ぎれば跡形もない。その困難に耐えて自分の節を曲げず、世の為国のために一身を粉にして尽くすきである。 ただ後世に名声をのこすことを心がけよ。

昔より道ならずしておごる身の 天のせめにし おはざるはなし

 昔から道に外れておごり高ぶった者で天罰を受けなかったものはない。人は正道をふんでおごりを遠ざけ、神を敬い教えを守っていきなさい。

憂かりける今の身こそはさきの世と おもえば今ぞ 後の世ならむ

 いやなことの多い現世は前世の報いの結果である。現世の行の報いは後の世の姿である。現世の行いを大切にしなさい。

亥にふして寅には起くと夕露の 身をいたずらに あらせじがため

 亥(午後10時)に寝て、寅(午前4時)に起きると昔の本に書いてある。朝早く起きて夜遅く休むのも、それぞれの勤めを果たすためである。無用な夜遊びをして露のような自分の身を誤るようなことがあってはならない。

のがるまじ所をかねて思いきれ 時にいたりて 涼しかるべし

 人にはどうしても命をかけなければならないときがやってくる。日ごろから覚悟を決めておけば、万一の場合にも少しの未練もなく気持ちが清らかであろう。

思ほえず違(たが)うものなり身の上の 欲をはなれて 義を守れひと

 どんなに慎重にしても、おもわず道からはずれてしまうものである。私たちは私利私欲の闇に迷い込みやすいから用心して心を磨きなさい。

苦しくとすぐ道をいけ九曲折(つづらおり)の 末は鞍馬の さかさまの世ぞ

 どんなに苦しくても、悪事を行ってはいけない。正道をいきなさい。鞍馬のつづら折の道のように曲がった道を歩んだものは、まっさかさまに闇の世界に落ち込むような目にあうものである。心正しい正道を歩みなさい。

やわらぐと怒るをいわば弓と筆 鳥と二つの つばさとを知れ

 和らぐと怒るをたとえれば、文と武である。これらは鳥に二つの翼があるように自由に飛ぶために必要な二つの要素である。どちらか欠いても役に立たない。宜しく使い分けて政治を行うべきである。

万能も一心とあり事ふるに 身ばしたのむな 思案堪忍

 ことわざに「万能一心」というのがある。いかに万能に達するとも一心が正しくなければ役にたたない。人に仕えるためには、自分の才能にたのんで自慢めいた言動をしてはならない。良く思案して堪忍しなければ身を滅ぼすことになろう。

聞くことも又見ることも心がら 皆まよいなりみな悟りなり

 酒を与えても水のように思う者や、少しの酒で奮い立つ例もある。要は与え方の問題である。人の上にたつ者は思いやり深く、情け深くあれ。

弓を得て失うことも大将の 心一つの 手をばはなれず

 弓矢の道に優れて、士卒に信服され、戦に勝も負けるもただ大将の心の配り方ひとつにかかるものである。

めぐりては我身にこそはつかへけれ 先祖のまつり 忠孝の道

 先祖を良く祭るものは、死後においては子孫が良く祭ってくれる。君父に忠孝なれば、子孫もまた忠孝を尽くす。世の中は回りまわるのであり自分に帰ってくるから先祖の祭りや忠孝にはげむべきである。

道にただ身をば捨てんと思いとれ かならず天のたすけあるべし

 正しい道であれば一身を捨てて突き進め、そうすればかならず天の助けがあるはずである。

舌だにも歯のこわきをば知るものを 人はこころの なからましやは

 舌でさえその触れる歯の硬いことを知っている。まして人においてはなおさらなことである。交わる相手の心の中を察しなくてはならない。

酔える世をさましもやらで盃に 無明の酒を かさむるはうし

 この迷いの世の中、その上に杯を重ねて酔いしれ、迷いの上に迷いを重ねて歩くのは情けないことである。

ひとり身あわれと思え物ごとに 民にはゆるす 心あるべし

 たよる者がない老人、孤児、寡婦に対しては情けをかけて一層いたわれ。人民に対しては仁慈の心で寛大に接しなさい。

もろもろの国や所の政道は 人にまずよく 教へならはせ

 治める国や村の掟は、まず人民に良く教え、さとした上で政治を行え。教えないで法を犯したものを罰するのは不仁の仕方である。よくよく知らせて刑に落ちないように気をつけよ。

善にうつり過れるをば改めよ 義不義は生まれ つかぬものなり

 善にうつり、過ちは改めよ。元来、義不義は生まれつきのものではない。心のありようで義にも不義にもなる。悪いと気づいたらすぐに改めよ。

少しを足れりとも知れ満ちぬれば 月もほどなく 十六夜の空

 なにごとも10の内7か8をもってよしとせよ。満月の次の夜の十六夜の月は欠け始める。足るを知って楽しむ心が大事である。知足安分の教訓を持って47首の締めくくりとしたい。